twice up vol.2
マティーニ
わたしの人生にマティーニが登場したのは小学生のころ。チャーチルの伝記を読んだときである。その本は幼年向けリライト版で、熱血宰相チャーチルのお茶目ぶりばかりがやたらと強調された内容であった。とうぜん酒についての記述は少ない。それでも覚えていたのは、マティーニという耳慣れない外国語の響きに対する憧れからだろう。もちろんマティーニがカクテルだということも知らない。もっとも、いまだって、そんなことを知っている小学生はいないと思うが。
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チャーチルは極端にドライなマティーニを好んだ。
大人になって、じゅうぶんな理解のうえで読んだ翻訳の伝記に出ていたチャーチルのマティーニのレシピは「ジンにベルモットを2、3滴」というものだった。ところが、さいきん読んだ『マティーニを探偵する』(朽木ゆり子著/集英社新書)には「ピッチャーにジンを注ぎ、同時に部屋の向こう側にあるベルモットの瓶を一瞥する」と出ている。チャーチルのドライ伝説にはいろんなバージョンがあるようだ。
ちなみに、George's Barの佐伯さんの記憶ではこうなっている。
「チャーチルがピッチャーにジンを注ぐと、傍らに控えた執事が小声で『ベルモット』と囁く」。
この話には落ちがある。
「ある日、いつものようにつくったマティーニの味が違うことに気がついたチャーチルは、執事を呼んで理由を問いただした。すると執事は言った。『申し訳ありません閣下。じつはわたくし少々風邪気味でして』」。
チャーチルがベルモットを入れなかったのは、敵国イタリアの酒だったからという説もある。
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さて、マティーニで有名といえば文豪ヘミングウェイ。ヘミングウェイの小説『河を渡って木立の中へ』(Across the River Into the Trees)には、ジンとベルモットの比率が15:1という、これまた超ドライなマティーニが出てくる。これは、自軍15、敵1という圧倒敵優勢な状態にならない限り自軍を動かさなかったモンゴメリー将軍にちなんだもので、その名の通り「モンゴメリー将軍」(Montgomery Martini)と呼ばれる。
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もうひとり、マティーニを語る上で忘れてならないのはジェームズ・ボンドであろう。
「ステアではなく、シェイクで」というセリフの一部は有名だが、ボンドが注文したのはウォッカ・マティーニであることはあまり知られていない。
イアン・フレミング原作『ドクター・ノオ』でのセリフはこうだ。
"I would like a medium Vodka dry Martini with a slice of lemon peel. Shaken and not stirred, please."
(ミディアム・ドライのウォッカ・マティーニに、レモン・ピールを一切れ添えたものを、ステアではなく、シェイクしてくれないか)
かっこいいなあ。
参考までに、早川ポケミスでの翻訳ではこうなっている。
「私はあまり強くないウオッカのドライ・マルチニがいいですな。レモンの皮を一切れ添えてもらいます。かきまわさないで、シェーカーでシェイクして下さい」(井上一夫訳)
古くさいながらも格調高し。
ステアでもシェイクでも、マティーニの飲みすぎにはご注意を。
(2002.12.25 H.S.)
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